朝は何時頃起きますか?
4時半から5時の間には起きるんですが、
そこから出かけるまでの3時間くらいはやること盛沢山ww
家族がいれば自分のこと以外にも朝食やお弁当など子供の世話とか、
色々あると思うんですが、
夕方も含めて、
この家事を仕事としたら一体いくらになるんだろうって思うことありませんか?
こういうの簡単に計算してくれるサイトがあってw
計算したら一日9000円くらいになるって出たんです。
安っ!
あー。ぜんぜん割に合わない。
家事は家族のためだからできるんだなぁって改めて感じる今日この頃・・・
こんにちは、Takaです。
今日はそんな家族の話で、
自分事としても取り組んできたことで、
今までのブログでも少しづつ書いてきましたが、
「不登校」について書いていきます。
少し前まで不登校、学校に行かない、行けない子供達の数は、
全体数からすれば、僅かだったかもしれません。
しかし文科省の最新の調査によると、
小中学校における不登校児童生徒数は過去最多の34万6482人
文科省→https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422178_00005.htm
もはや他人ごとではありません。
社会問題といってもおかしくない数です。
子供の数は年々減っているのに、不登校の数は年々増えている。
しかもこれは分かっている範囲の話で、実際のところはまだ増えるのではないかと言われています。
我が家もこの事実を知ったのは最近の事で、
自分の子供が不登校になるまで、この問題にあまり関心がなかったことも事実です。
そしてこの問題に直面した時初めて気付くんです。
学校も社会も周りの人も、
誰も助けてくれない。
今まで,レールの上を走っていただけで、
誰かが通った歩きやすい道を探して、
困ったときは近くにいた人が助けてくれたり、
みんな経験したことだから何となくわかる。
順番通りやればいいんです。

いきなりゼロです。
親子でいきなり別世界に放り込まれた感覚。
大げさに聞こえるかもしれませんが、
事実です。
いわゆる常識や、親の都合はどうでもいい
過去のブログで末っ子の小さい頃の事を書いた記事がありますが、
この子は元々繊細な子で
“HSC”
生まれつき感受性が高く、刺激に敏感な気質を持つ子供。
であることに間違いないと思いますが。
特に病院で診察受けて診断されたとかではないんですが。
そもそも病気ではなく、
そういった感覚を生まれつき持っているという。
我が家流に言うと
「神の子」ってことなんですが。
この子が小学校に通い始めた登校初日から行き渋りが始まりました。
早いっすねw
初めは高学年の近所の子と、同じ地区の同級生と一緒に行くことなっていたので、
集合場所まではママと一緒に行くことになっていました。
出発するまでも準備しながら、
「やだよー」
とうなだれながら準備。
玄関を出るときも一苦労な状態。

集合場所まで行く間も、なんとか励ましながら行くという感じで、
楽しく登下校とは程遠い感じのスタートとなりました。
春の早朝7時はまだ肌寒く、いきなりハードル高いと思います。
でも、
みんなそうやって歩いているんですが(それが当たり前という世界。)
7時までに着替えて、
朝ごはん食べて、
歯磨いて、
前日に準備しておいたランドセル背負って、
50分かけて歩いていく。
朝からキツイ(涙
大人でもやる気でない。
しかもその先に待っているものは、
今まで行っていた保育園より何倍も大きい校舎で、
顔も名前も知らない大人(先生)が管理している”学校”
毎日何をやるのか分からず
不安と心配で頭の中いっぱいの状態で行く通学が楽しいわけもなく。
本当に憂鬱だったんだと思います。
それを何とか行かせようと、必死だった僕たち・・・
辛い思いをさせてしまいました。
この時の状況を今整理してみると。
- この子の気質から、慣れるまでに時間がかかることは分かっていたので、時間がたてばきっと慣れて、上の子供達みたいに行くようになると思っていた。
- 具体的に何が嫌だとかはなく(まだ幼い子供がその辺の事や、気持ちを言語化することが難しい)朝が早いことや、歩いていくことなど、学校に慣れていないことによる不安や心配からくるものかと思っていた。
- 一回休んでしまったら、そのあと行かなくなってしまう事が怖かった。
- 何より、子供が休んでしまったら仕事にも行けない事、そのあと一体どうなってしまうのか?僕達親も分からず、何としても学校に行ってほしい。
といったところでしょうか。
今思えば、
慌てずゆっくり話を聞いて、休ませてあげたらよかったって、
思うわけです。
この時上の子供たちは、末っ子の行き渋りをどんな風に見てたかというと、
「なんで?」
「えっ?今日も泣いてるの?」
「がんばっていくんだよ!」
「お父さんもっと厳しくした方がいいよ!」
多分一般的な意見というか、
学校に行っている多くの人の思考はこれが普通かもしれません。
この子たちも学校に行くことが当たり前の中で育ち、
たくさん我慢してきた経験を持っているから、
そこを避けようとしている末っ子の行動に違和感。
学校の嫌な部分を知っているからこそ、共感してくれる訳ではなく。
そこに反応にしてしまう。
もしかしたら上の子達も、
学校に行かないという事に対して未知の世界への心配が、
そういう反応になったのかもしれません。
大事な家族が苦しんでいることに対して、我が家では毎日大論争が繰り広げられていました。
それでも解決策は見つからず、
毎日起きてすぐに「行きたくないよー」と号泣。
何とか出発しても途中で引き返してくることも。
その後車で送って、何とか登校したり。
そんなことを一ヵ月繰り返して5月の連休明け・・・
「もう行かなくていいよ」

ようやく末っ子に言うことが出来ました。
そして、
この日からウチの子は不登校になりました。
今の現状と可能性を知る。
5月、雪国では新緑と色とりどりのお花でとても気持ちがよい季節。

親子二人で庭でのんきにお弁当を食べるww
ド平日に、なんか不思議な感覚でしたが、
のんびり過ごす、
この時はそれしかありませんでした。
末っ子にも自然と笑顔が戻り、こちらも楽々しました。
この一ヵ月、ずーっとどんよりした空気の中過ごしていたことを思うと、
笑顔でいる末っ子を見ているだけで幸せな気持ちなりました。
そんなのんびりした日常とは裏腹に、
僕の頭の中はこれからの事でいっぱいになっていました。
とりあえず学校には、精神的に学校に行くことがキツイ状況であることは伝えて、
欠席の連絡をしていました。
毎朝学校に欠席の連絡をする。
これが親としても苦痛になってきます。
一週間となると、
学校側も対応が変わってきます。
「そろそろ学校に来ないと、勉強の方が心配になってきますね。」
「半日だけでも、一時間だけでも連れてくることはできますか?」
といった具合に、好き勝手なことを言うわけなんです。
そもそも連れていけるなら学校休まないって話でw
結構ムリ言ってくるよなぁ・・・
でもどうやったら学校に行けるようになるか?
それにはまず、行かなくなった理由が知りたい。
本人に聞くのはかわいそうだけど、
少しづつ聞いてみることにしました。
こういうことはやはり母親の方が子供は打ち明けやすいようで、
僕よりも妻にこっそり話してくれました。
- 学校生活で常に先生に怒られてしまうのではと心配。
- 失敗が許されない空気(先生からも友達からも)
- 友達が怒られているところを見ると、自分も怒られている感覚になる。
- 時間の制限が多く常に心配になる
- 休み時間に遊んでくれる友達がいなかったどうしよう?
- 基本、初めての事に不安や心配が大きく心が苦しくなる。
- 先生や友達の言葉や行動に対して、「~なのかな?」といろいろ考えてしまって動けなくなる。
- 給食が食べれるか不安。
こういった事が入学式から一気に末っ子の身にのしかかり、
限界を迎えた。
この事を本人から聞くことが出来て、
僕たち親も、これからどうしたらいいのか?
対策を考えることが出来るようになりました。
そして、
この事をまずは学校に伝えて、
この子を深く理解してもらいたい。
それからどうしたら学校に通えるようになるのか?
学校と一緒に考えていく。
これがこの時の僕達の考えでした。
そして、
学校がきっと何とかしてくれるものだと思ってました。
そのための支援会議というものが開かれ、
教頭先生、担任、学年主任、と僕たち夫婦で話し合いがもたれました。
末っ子の気持ちやここに至るまでの経緯、
現状の様子など、
この子を理解してもらえるように丁寧に伝えました。
そして希望や要望を伝えました。
- 大勢の児童がいる教室は刺激が多すぎるので、少人数制の教室なら何とかなるかもしれないという事。
- まずは安心していける場所なんだと思えるようにサポートして欲しい。
- 親が一緒に付き添って行きやすくしてみる。
- スクールカウンセラーやソーシャルワーカーとの面談を希望。
- 学校側がどういった事を出来るのか?知りたい。
それを聞いた学校側は、その時は共感して、
「学校としても全力でサポートしていきたいと思います。」と反応を示してくれたのです。
そこで、
末っ子の気持ちを考えて、どうしたら学校に行けるのか?
ハードルを下げて、学校に行きやすい方法を考えました。
朝は車で登校する。
学校が提案してくれた、
支援学級とはまた違う、
申請や手続きが無くても学べる学級?
決まった科目が分からない時だけ、
担任ではない先生に丁寧に教えてもらえるような場所といいますか。
支援の先生(パート的に勤務されてる先生)がいる小さな特別教室で過ごすことになりました。
初めの日だけ僕も一緒に行き、
次の日から玄関で先生にお願いして半日だけ行くことに。
「これなら何とか行けるかも」
と、思った一週間だったんですが。
男の先生ということもあり、
「あの先生と二人だけはやだ、あの部屋は狭くて暗いし、嫌。」
わがままではないんですw
マジで言ってるんです。
確かに大卒一年目の何のスキルもないパートの先生にこの子を任せること自体ムリだよなぁ。
学校側も人がいない中、ココならいいかと思ったのかもしれませんが。
よくよく聞けば、産休でお休みされてる方の代替えの先生。
しかも新卒未経験の先生に任せるって、
結構ムリあると思いませんか?
ここからまた一週間学校を休むことになります。
「もうあそこには行きたくない!」
「あの先生には会いたくない。」とまで。
いったい何があったのでしょう?
そこまで嫌われた先生もかわいそうですが、
つまりはそういう事なんです。
また一つトラウマが出来てしまいました。
親としてもどうしていいものか。
悩んでいるばかりでした・・・
渦中にいる時こそ俯瞰して現状を見れているだろうか?

そこで、
知り合いの元学校関係者からアドバイスをもらい、
特別支援学級の見学をお願いしました。
自分のクラスでの学校生活に学習面、生活面、身体面などに困難なことや支援が必要な児童が所属、
理由は様々ですが、
その子にあった支援を行ってくれる、
「場」だと思うんですが。
学年も様々な児童が時間割によってこの場に来て、
それぞれの学習を先生とやる。
先生は固定ではないけど、2.3人の先生で動いている感じでした。
先生一人に対して子供が2人か3人なので、
当然行き届いた指導がなされている印象で、
先生方も児童の様子によって色々対応している感じで、
末っ子も見学に行った際に、
少し先生や子供達と遊んだりして、
いい雰囲気でした。
帰ってから「支援学級に行きたい。」と教えてくれました。
早速学校に連絡して、支援学級へ入級したいことを伝えました。
次の日からとりあえず正式ではないけれど、支援学級に通えることとなり、
僕も一緒に付いていくことになりました。
教室の後ろに椅子を用意していただき、様子を眺める。
勉強をする様子。
時には自分の教室へ行き、学活だけ普通教室で受けてみたり。
給食当番をやってみたり、
掃除してみたり、
出来ることを少しづつ増やしていく感じで、
でも、
基本は変わらず。
何かあると不安な顔でこちらを見ることが多く。
その度近くに行って様子を伺うといった感じで、
一人の時は助けを求める存在がいなくて、
どうしていいかわからず、苦しい思いをしていたんだと思うと、
頑張っていたんだと、改めて実感することにもなりました。
支援学級にいるときは机の前に先生がいて、その指示のもと勉強ができるので、
信頼のおける先生の時は困ったこともなく、
分からない事もすぐに聞けるようになり。
僕に聞くような事も少なくなりました。
給食の時間だけは誰もいなくなるので二人で過ごすことになります。
正式に入っていないとさっき書きましたが、
支援学級での一日のスケジュールが組まれていないため、
先生がほかの子供の付き添いで教室を空けたりして、僕と二人になることも。
これでは本人も落ち着かないし、僕もずっと付き添っていないといけない状況で、
これ以上の進展が望めないので、学校に改めて支援学級への入級を申請しました。
しかし、
帰ってきた返答は、「残念ながら、4月にならないと正式に入ることが出来ないんです。」
「ん?」
ちょっと意味わからないですよね。
「もうすぐ新年度が始まります!支援学級へ入りたい子は申請をしてくださいねー!」
「今申請しないとまた1年後になってしまうので、忘れないようにしてくださいねー。」
って年度変わるときに申し込むんかい!ww
もう突っ込みどころ満載でコントできるくらいの勢いですが、
学校は普通にそういう事言ってしまうんですよ。
何かあれば教育委員会に聞いてみないと分からないので、また連絡します。
何にも進まないし何にもできない。
決まったことを決まった通りにやるだけ。
イレギュラーなことは対応できないんです。
待っていてもしょうがないので、
申請に必要な医者の診断書を、
小児科医に書いてもらわないといけないという事なので、
まずは、町医者に紹介状を書いてもらってから、
総合病院の小児心療内科で診察してもらうことになりました。
そこでWISC検査を受けて、
診察して、
結果は病気ではありませんし、発達障害の疑いもありません。
「診断書になんて書きましょうかね?w」
先生も困っていましたよ。
教育委員会が考えたシステムにお医者さんも困惑です。
普通に考えて、おかしいことに気づかないのでしょうか?
こんなことをやっている間も子供は安心していける場がなくて、
一向に落ち着かない様子で、
子供を一番に考えれば書類作成なんてもんはいつでもいいでしょって思いますけどね。
約3か月、30年ぶりに通った学校は僕らの時とさほど変わらない事をやっていましたw

学校にいると色んな事見えてきて、
ホント面白かったですよ。
学校の中だけの常識みたいなことあるじゃないですか!
学校によって違うかもしれませんがあの強制的な挨拶から始まって、
なぞに整列ばかりさせる。前へ倣え!
やたら私語禁止、
給食も無言。
(不自然すぎるww)
学校のジャージーでないと体育に参加できない。
(自由でいいでしょ。)
座るときは体育すわり。
(ずっと同じ姿勢はキツイから。)
意見を言うときの手のあげ方まで教える。
(そんなのなんでもいいでしょw)
雑巾のかけ方は床のマス目に合わせて、後ずさりしながらこうやってって・・・
(なんの修行ですか?)
もう上げだしたらキリがない。
自分が通ってた時はそれが普通だと思っていたけど、
「これは普通ではない。」
個性はすべて潰されてしまうし。
子供自身が主体的に動く機会をすべて奪ってしまうような・・・
しまいには「お父さんは何の仕事されていらっしゃるんですか?」
仕事できるわけねーだろ!
毎日俺も付き添っているでしょw
って突っ込みたくなること平気で聞いてくるわけで。
結局末っ子の事も、
僕たち家族が今どんな状況か、ぜんぜん理解してない。
学校に期待していた自分たちがバカを見ただけでした(泣
学校に行けなくなる理由は様々だと思います。
しかし、
それを作った要因の一つに、
学校のシステムや環境が関係してることを学校側が認識する必要がある。
結局学校は悪くないって思っている。
このシステムを変えることはできないから、
この中で頑張ってください。
・・・それでは筋がとおりませんよ。
今日ここで書いたことは事実で、
大げさでも何でもありませんが、
今の学校の現状を実際に見て、感じることが出来て、
僕自身の考えも大きく変わりました。
そして、
このままでは何も変わらないし、この子にとって決していい状況ではない。
そこにいることはなんとなく安心だし、
何となく未来を想像できるし、
環境的にも大きな変化もないけど・・・
そこから旅立つことはとても勇気が必要になる。
その先の未来も想像できない。
だからこそ、
僕たち親が動かないと、この子はずっと悩み続けてしまう。
僕たちは次のステップに進むことを決めました。
学校以外の場所で、末っ子にとって安心して毎日過ごせる場所を探すことを・・・
またゼロからのスタートです。



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