Takaストーリー

grayscale photography of lion 未分類
brown lion with silver chain link necklace

父親として、自分らしく生きるって?

一人の少年がいつの間にか大人になって愛する人と結婚、子供が生まれて父親になる

自分の中の父親像を採用して、”いい父親”になるために必死に価値を出そうとする

家事、育児、夫婦、人間関係、仕事… 日々の役割の中、自分自身を見失う

このままでいいのか

このままモヤモヤしながら、時の流れに身を任せていくのか?

こんにちは、Takaです。

僕がこのブログを始めた理由を書いていきたいと思います。

まずは簡単にプロフィールを。

1981年生まれの43歳

・地元の小中学校卒業後、地元の高校へ(勉強は肌に合わない感じでしたw)

・調理師専門学校で調理師の勉強。首席で卒業(唯一の自慢w)

・調理師、米屋、植木屋、土木工事、様々な仕事で色んな経験を重ね。

・現在はブログを書きながら

・植木屋

・料理人

・DIY

・雪下ろしなどなど

・スポーツは得意な方で小さい時から

陸上、スキー、野球、トレランなど。

・小学生のコーチとしても10年間ほど活動していたこともあります。

地元の活動にも積極的に参加していた時期もありました。

祭り、消防団、育成会など。

そうなんです。田舎のめっちゃ普通のお父ちゃんなんです。

そんな僕がこの歳で気づいたこと

多分ほとんどの父親は気づいていない事を。

仕事につまづき、夫婦の問題に気づき、子育てに悩み、

自分の人生を俯瞰してみたときに、気づいたこと。

こんな父親必要ないって。

A man standing on a pier looking out at the water

じゃあ

どうしたら父親として、自分らしく生きていけるのか?

少年時代に潜在的に植え付けられた父親像

僕は1981年生まれの43歳です。

この年代の親世代は昭和のバブル時代を経験している貴重な世代かもしれません。

僕の地元は田舎なので、都市部ほどのバブル感はなかったかもしれませんがw

決して裕福ではなく一般的な家庭ででした。

当時ウチの父親は、

・タバコめっちゃ吸ってる(副流煙とか関係ないから子供がいてもお構いなし)

・夜はテレビで野球中継観ながらビール飲んでチャンネル権の独占(巨人の勝敗で機嫌が左右されるw)

・金曜ロードショー観ながら寝る。

・休みの日はゴルフか家でテレビ観てゴロゴロする

・酔って帰ってくるとめんどくさい、なぜか機嫌悪く、怖い。

・夫婦喧嘩が日常化

・何かあるとデカい声で怒鳴りつける。

・いわゆるお出かけは、母の実家に里帰りした時くらい

person holding cigar

昭和の父親ってこういう人が多かったかもしれません。(個人的な見解ですが)

父親って仕事して

夜は呑んで帰ってきて

休みの日は自由に過ごして家事もしない

仕事や地域の事は頑張っているけど

家ではなんもしないし

不機嫌。

僕は潜在的にこんな父親像がインプットされてしまったのです。

こうやって書いてみると・・・

最悪な父親像ですね。(もちろんウチの親父にもいいところはたくさんありますw)

だから逆にハードルが低かったかもしれません。

自分の父親みたいになりたくない。

自分は子供に優しく、楽しい、頼りになる父親になりたい。

man in blue denim jacket carrying girl in white sweater during daytime

そう考えるのが自然かもしれません。

きっとみんなそう思っているはず・・・

結婚して子供が産まれる!

23歳の時に付き合っていた彼女と結婚しました。

というのも、きっかけは子供ができたことでした。

23歳で結婚!しかも、8か月後には父親になる!

今思うと、なんの計画も考えていなかったし

貯金もない

社会的信用もない

妻は不安でしかなかったと思います。

そして僕自身もこれから何をどうしていいのか、不安でした。

そういう時、人は抽象度が下がり目の前の事をやることに精一杯になります。

その結果、

まずは当時乗っていたランクルを売り、軽自動車にに変えました。

そのランクルはずっと乗りたくて、中古で180万円で購入、

初めて自分で買った車でした。

めっちゃ大切に乗っていましたが

110万円で売却。今なら200万以上値段つくとおもいますがw

ランクルは最後まで頼りになるいいやつです。

ちなみに10年後懲りずにまたランクル購入しますw

更に住むとこは中古物件を見つけて、購入を決意したものの、

僕の名義ではお金を貸してもらえずww

妻の名義で何とか借りることができ、住むところも何とか間に合いました。

てんやわんやの結婚でした。

ちなみに妻の実家に挨拶に行った次の日には歴史的にも大きな台風が来る始末w

義母は災害続きだわ・・・と一言ww

そこから穏やかな妊娠期を経て

第1子誕生!

woman holding baby beside man smiling

様々なことを乗り越えて、無事に出産!母子ともに健康!

とても幸せな瞬間でした。

しかし・・・

赤ちゃんが産まれて、「お父さん元気な女の子ですよ!」と看護師さんに言われ

生まれた子供をみて、「かわいい!」けど自分が父親?

俺の子供。

23歳でまだ社会の事もなんもわからず、人に教えることなんて何もない。

子供育てるって?

自分でも不安でした。

父親って何したらいいのか?

誰にも相談できないし。

相談できる人も周りにいなかった。

そのころ父親が育児に積極的に参加する「イクメン」という言葉が流行っていて

育児休暇、オムツ換え、ミルク、おんぶ、寝かしつけ・・・

昭和の父親像から大きく変化した、新しい父親像が主流になってきた時代でした。

いい父親になる為に・・・

新居に引っ越したこと、子供の保育園での生活が始まったことで

今までにない人間関係が始まり、今まで以上に世間の目を気にするようになりました。

更に子供が2歳差で二人産まれ

5人家族になりました。

そのころからSNSをはじめて

自分の事や子供の事もアップするようになり

益々人目を気にするように。

僕は自分で言うのもなんですが、めっちゃ「イクメン」でした。

朝ごはん、お弁当、夕飯作りに始まり、

掃除や洗濯、保育園の送迎。

庭の草刈り、畑仕事。

妻が夜勤の日は一人で子守をしながら家事をこなす。

基本出来ないことはありません。

僕の個人的な統計と肌感覚で、日本で10本の指に入る代表的なイクメンといっても過言ではないとww

今自慢のように語りましたが・・・

SNSにこういうことを上げているパパさんたくさんいますよね。

なんかモヤモヤしませんか?

「息子の弁当つくりましたー!」とか

「今日は平日休みが取れたので妻と久しぶりのデートです。」とか?

「そんなこといちいちSNSにあげるんじゃねーよ」って

結局これらはいい父親になるための手段でしかないってこと。

しかもそれは世間から見て、いい父親であるということ。

世間から「すごいね!」「優しいね」「奥さん幸せだよね」って言われるような父親になりたい。

言われたい。

世間からそう思われることで、自分に価値があると思える

結局僕も、そこに一生懸命だったのです。

その時はそんな事に気づいていません。

妻も子供も喜んでいるだろうし、きっと”幸せ”だと自分で思っていました。

逆にこれだけ家の事をやっていれば、

やることやれば、自分の時間を・・・

家事をこなした後に友達と飲みにいくとか。

まるでその役割をこなせば、あとは自分の好きなことをしていい。

自分の事しか考えていない。

そう、結局潜在的に刷り込まれた父親像から離れることができていなかったのです。

妻からしたらこんな「イクメン」いらないって話。

むしろ

世間からは「いい旦那さんねー」とか

「イクメンで奥さん楽でいいねー」って言われて。

きっと妻は「私だって頑張っているのに・・・」って。思っていたはずです。

注目されて褒められるのは父親ばかり。

妻も子供もきっと色んなことを思っていたのに、何も言わなかったんです。

そう、怖くて言えなかった。

知らず知らずのうちに、僕は家族に何も言わせない、

決してなりたくない、自分の父親と同じ事をしてたんです。

最悪な父親になっていたんです。

人生の転機

sun light passing through green leafed tree

ウチの末っ子(我が家では”神の子”と呼んでいますが)が産まれてから、

今まで蓋をしてきたことや、思いが現象化してきました。

6人家族になり、我が家は益々賑やかに

僕自身も益々家事に育児に仕事にと、

忙しい日々を送っていました。

そんな中、僕の軽率な行動をきっかけに、

夫婦の間に危機が訪れます。

何か月もの間、毎日のように喧嘩をして、

家の中は暗い雰囲気。

お互い疲れ果て、でも落としどころが見つからない状態が続き、

話し合いに話し合いを重ねました。

夫婦の問題を

お互いの人生の問題を

子供たちの事を

たくさん話しました。

めっちゃしんどかったけど、

時間をかけて、何とか乗り越えることが出来ました。

いや、子供たちがいたから乗り越えられた。

そして”神の子”の誕生をきっかけに僕の人生は大きく動き出しました。

それから10年以上働いた実家の仕事を辞めることにしました。大きな決断でした。

本当にやりたいことを仕事にしたいと思ったのです。

それが自分の思い描く、輝く人生になるんじゃないか?

自分の才能を信じて仕事にしたら毎日楽しい、

キラキラした日々が・・・

しかし

一代決心をして、転職した半年後に無職の自分がいました。

何が間違っていたのか?

自分には才能がない?

根性がない?

何も考えられなくなりました。

自分が本当にやりたいことって何?

animal, lion, king

もう中学生の進路相談くらい何にもわからなくなってしまいましたww

4人の子持ちで、何をしていいか解らず、毎日家にいる父親。

やばいっすねw

妻もさすがに心配してました。

何とか奮起して

家族を養っていくためにも

父親としての役割を果たすためにも少しずつ動き出しました。

ここでの父親としての役割とは”お金”を稼ぐことです。

なんでもいいからとりあえず仕事しなくちゃマズイ!

色んな仕事して

自分のやりたいこと、自分に合っている仕事、家族を養うためには、

そして、どんな人となら一緒にできるのか?

そんなことを考えながら

なんとなくペースが出来てきた時でした。

思わぬ出来事が、

A woman sitting on a window sill looking out at the ocean

末っ子が不登校に。

でも、これは”神の子”からの特大のギフトになりました。

今思うと、上の子供達も色んなメッセージ送ってくれていたけど、

その頃の僕たち夫婦には

そのメッセージの本質に気づいていませんでした。

色んなことで自分たちのペースを守りながら切り抜けてきましたが、

今回は完全にシャットダウンです。

子供は怯えた子猫のように、学校という社会から距離を置きました。

もちろん僕も仕事はできません。

毎日家で過ごしたり

公園に行ったり

学校に付き添って通うことをしたり。

様々な事をやりながら

学校に再び通えるようにする方法と、学校以外の居場所を探す事を同時進行で進めました。

子供にとって、親以外に頼る人はいない状態です。

この子が安心して、毎日過ごすことが出来る居場所を

家以外での社会との繋がりを持てる場所を、探すことが必要でした。

自分の為でもなく、世間体でもなく

子供のために親ができることを必死にやるだけでした。

それはごく自然なことでした。

今までそれが出来ていなかったから、とても不思議な感覚でした。

人と違うこと、世間の目、

自分の経験値で消化できる問題ではなく。

今までにない概念を構築する必要がありました。

その結果、色んなメンタルブロックが外れました。

・学校に行かないと、ろくな大人にならない

・学校に行くのが当たり前

・先生は偉い

・学校の中の意味の分からない独特なルール

・子供は親の言うことを聞くのが当たり前

・勉強しないと将来困る

などなど、あげだしたらキリがないけど。

親が当たり前だと思っていたことが、

うちの子供にはその全てが受け入れられないものでした。

いくつかのフリースクールに行ったり、話を聞いてみて

一つのフリースクールへ通うことになりました。

それは、子供自身が判断して「ここに行く」って決めたことだったので、

親として応援するだけでした。

それに伴い自分の働き方も大きく変える必要がありました。

働く時間も場所も制限されることになったので、

自分で仕事を作り出していくことが必要になりました。

自分の技術やアイデアを使って

限られた時間の中で

効率よく仕事をして収入を得る。

自分一人ならやらなかったかもしれませんが

現状の家族の状況で今の自分ができる最大限の事をやる。

そして

少し先を見据えて

なりたい自分や

家族にどのようにいい影響を与えていきたいか?

ということを考えてみたとき

今のままでは何も変わらない。

今の延長戦沿いに臨む未来はない。

だから、

色んなことを勉強するきっかけになりました。

その勉強をきっかけにブログを書き始めることにもなりました。

そこから、今まで何やってもうまくいかず、成長してる感覚がなく、

自分自身の存在がちっぽけで、

自分の使命や天職を探し続けていたけど。

ある考えにたどり着きました。

父として生きるということ

どんな状況であれ、子供がいる時点で父親であるという事実は変わらない

しかし、様々な状況から父親ということを仕事の一つのように捉えてしまったり

役割の一つと考えてしまうけど

僕たちは唯一無二の父親だってこと。

仕事、家事、趣味、何をしていても、

父親ということに変わりはなく。

僕らは父親というアイデンティティを持ち続けることで、

自分自身が何者なのか?という答えになるんじゃないかと。

目の前にいる家族や、理由あって離れて暮らしていても。

彼や彼女たちの父親なんです。

その手段として、

仕事をして稼いだり、

仕事でレベルアップして自信をつけたり

趣味やスポーツで健康的に暮らすこと、

家事をする事、

家族とお出かけ、

家族の送迎も。

地域の活動も。

自分や家族や大切な人のためにやっていることに間違いはないけど、

父親としてのアイデンティティを強固なものにする手段の一つなんだって。

一つ一つの行動が信頼関係の構築につながり

すべてが父親としてのレベルが上がるような感覚。

そう思えたら、なんか楽になりませんか?

生まれてきた使命や運命があるとしたら、

僕たちは目の前の大切な人の父としてここにいる。

父道(ふどう)動かぬ事実とそれぞれの道

ここまで読んでくれた人は何かしら僕の考えに共感してくれたり

近い体験や気持ちを過去に経験した人だと思います。

結構しんどかったですよねw

もしかしたら、

今しんどい人もいるかもしれません。

そして、これからしんどいことが起きる人もいるかもしれません。

道は一つではないんで

みんな違います。

だからいつも正解なのか?間違いなのか?

自分に自信が持てず悩んでしまいます。

悩むことでは前には進めず

堂々巡り。

そんな時、選択肢や経験談や手段が共有できたら。

どうすればいいか考えることができます。

選択の幅が広がります。

僕たちが歩いていく道に、通過点や目的地があったらどうですか?

もちろんそこに行ってもいいし、行かなくてもいい、嫌な時は違うところを通ってもいい。

目的地も遊動的でステージごとに変化します。

僕たちの人生をそんな道に例えるなら・・・

”父道”

そうなんです、ブログのタイトルです。

これが道として成り立つのではないかと思い

まずはブログで発信していこうと考えました。

ここでは日々の気づきや

今までの出来事から学んできたこと。

これからの展望など。

”父道”を軸に発信していきます。

ここに来たら、未来の自分に自信が持てる。

”父道”に集う人全体が良い影響を与え合いながら進んでいく。

“fudo”の概念を共有していきながら、

様々な手段を学び、

僕たちの人生にいい影響を与え、

さらには目の前の大切な人(家族、友達)にも良い影響をあたえて

ここからエネルギーの循環が起きる。

誰かを変えることは難しいけど、自分を変えることは今からでもできるから。

一歩づつ歩みを進めて、共に学んでいきませんか?

これからいろんな形で企画を用意していきたいと思います。

ブログも書いていくのでよろしくお願いします。

では、また。

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